秋葉原からまたいくらか時間が経った。
赤目のにくじゃがについては色々と聞きまわってるみたいだが、
誰一人からとてヒントすら得られないだろう。
知っているのは私だけなのだから。


仮名子さんは最初に比べたらだが少しずつ明るさを見せてきた。
他のにくじゃが達とも話を始めていってるようだし、
ユーザーともゆっくりとではあるが進んでいってるらしい。

そして、仮名子さんによる差し入れや手伝いが日課のようになっていた。
私が頼んでいるわけでもなく仮名子さんは適度な時間にやってきて
何かしら置いたり手伝ったりして去っていく。
迷惑と感じた事は無いし、むしろ手伝いや資料用の撮影とかで助かっている。


だけど、いつも通りに原稿を描いているとふと心の中を駆け巡る。

このままでいいのか、とか。


『Only Doubles #3』



私と仮名子さんは違いすぎる。
見てきた世界とか、過去とか、色んなことが。
私はいつ死ぬかも分からないし向こうはそれとはほど遠い世界にいる人だし。

こういった"認識のズレ"は過ごしていく内に大きくなっていくだろう。
そして、ある時になればそれは"負の感情"として仮名子さんを襲うだろう。
それが起こった時にどうなるかは分からないがとりあえず良い事じゃないのは確かだ。

それだけは避けたい。
後処理が面倒だし下手すれば問題も広範囲・大人数とかになってしまうから。



だから、そろそろ手を切るまで行かなくとも距離は離そう。
このまま触れていればいずれズレが生じる。

仮名子さんはいわゆる「人に嫌われることをかなり恐れる」タイプだ。
そういうタイプは人に好かれずとも嫌われることは無い。
他のにくじゃが達やユーザーともうまくやっていけるだろう。

だから、別に私一人がいなくなったって大丈夫だろう。
勝手と言われたら勝手な結論だが。


ただ、問題はそれを「いつ」「どうやって」伝えるか。
唐突に「離れよう」って言っても訳分からないだろうし
むやみやたらに切り出していいものでもない。

しかも「さりげなく」やらなければならない。
自然消滅的に、とでも言うべきだろうか。
別れを知れば仮名子さんは絶対泣くから。


首筋に交差するように走っている傷痕。
一番良いのは『これら』を見せること。
普段は保護色で隠してるからどんな近くで見ても傷痕だとは思われない。

しかし、こんな傷痕があるって事自体がもう非日常な訳だし
「さりげなく」っていうのが一番難しいだろう。

まあ、そんな難しいことを徹夜明けな頭で考えると暴走を引き起こすので
今は置いとくとしてとりあえず原稿をやろうか。



『Only Doubles』



「という訳で、今日はこのタワーのどこかから資料を探してもらおうかと」
「過程が飛ぶのは慣れましたがこの中からですか?」
ふと昔の資料が見たくなって記憶を揺り起こしてみたはいいが
相当奥に仕舞い込んだのを思い出した。

という事で探すと日が暮れそうなことはMoに押し付ける。
奥っていうのはつまりは同人タワー最下層という意味に他ならないが。



Moが床近くでゴソゴソやってるのを尻目に原稿を進める事にした。
しかし、だ。どうも変な雑念が湧いてくる。
「距離を離そう」ってふと考え付いたその時から。

他人に深入りする気は無いし
昔の私にとってはそれが当たり前だった。

だのに、どうしてこんなモヤモヤしたものが。


私は臆病者だ。
他人のことを心配して距離を離そうとしているが
本当は自分から離れたいだけなのだろう。不安だから。
それを勝手に他人の気持ちを当てはめて自分勝手に結論を出す。
自覚しているだけに、拭えない。
臆病だから。



こん  こん



「失礼します。」


そんなことを原稿に向かいつつ色々と考えてたら
背後からノックの音。

「ん。」

そっけない返事だな、とは思ってる。
だけど、気の利かせ方など分からない。

ドアの奥から現れたのは仮名子さん。
トレイにはカップが一つ、いつもの差し入れ。

「なんか、悪いね。」

なんか似合わない言葉を発した気がする。
少しだけ面食らった顔したけど仮名子さんは嬉しそうな顔してた。
私がさっきまで何考えてたかなんて多分夢にも思ってないだろう。

「か、仮名子さnぎゅむるっ?!」

「ひゃぁ……っっ…?!」


仮名子さんの体がいきなり傾いた。
トレイから解放されてゆっくりと飛んでくるカップとその中身。

そういえばMoがその辺にいたんだっけか
中身完全に飛んでるからカップをキャッチしても多分無駄だろう まず何を優先させるべきだろうか
弾くのは造作も無いが周囲は本ばっかで水分は大敵だしMo犠牲にしようにも仮名子さんいるし
本の無い場所っていうとこの机の上だけだがそこには原稿あるしというか一番守るべきはこれであり
辿り着く結論は

「っつっ…!」

「っ?!」

自分の身体を呈する。


「ご、ごめんなさい萌迦さん…」

タワーが数個崩れたがその他に目立った被害は無し。
仮名子さんも怪我は無さそうだ、少なくとも外傷は。

「…気にしないで。原稿が無事だっただけでもよしとしなきゃ。」
服は濡れたがそれは被害に入れるまでもない。

「ホントにごめんなさい…熱かったですよね?」

自分の体も痛むだろうにこっちの事を気にかけてくれている。
本当に他人を気遣える人、なのだろう。

「大丈夫だって。昔、火炎放射器持った相手と闘ったこととかあったからそんなのに比べたらこれくらい…」

って言っても信じないだろうなあ、多分。
見せるべき『これ』の中には一応それらしきものもあるけれど。


「そのままだと風邪ひいちゃいますしお洋服染みになっちゃいますからどうぞお風呂入っちゃって下さい。」

「んー?いいって。別に火傷はしてないしこんなのほっときゃ乾くし。」
そもそもこの服は革に近いし色が残ったところで大した汚れでもないし。
「駄目ですよ…お洋服ならわたしが責任持って洗っておきますから…」
「じゃ、今脱ぐから洗っといて。」
「だ、駄目です…お願いですからお風呂入ってください…」

む、仮名子さん結構食い下がってくる。
意外っていうか、責任感が強いんだなっていうか。
自分のせいだから、って考えてるのもあるんだろう。


──この時、繋がった。
思いついた、と言ったほうがいいのかも知れないが。
偶然出来上がったこの「状況」
さっきまで考えていた「いつ」「どうやって」「さりげなく」がこれで一気に進み始める。

「…わかった。入る。」
風呂場なら必然的に服を脱ぐことになる。
そうなれば流れで『これ』が浮いてくるだろう。


「そ、それならすぐどうぞ。今なら誰も入ってませんから…」
で、ここからの駆け引きが重要になってくる訳で。

「…ただし、仮名子さんが一緒になら、だけど。」
「………え?」

こんな言葉予想してなかっただろう。
目線があちこちにさまよってて明らかに混乱を象徴している。
混乱の後に言葉の意味を受け取ったのか今度は仮名子さん凍結。

で、ダメ押し。

「仮名子さんも入ってくれるならお風呂に入る。」

「え、えええぇっ?!」

いや、そんなに驚かなくても。

「嫌?」
「ででででもっ?!」

ここまで反応されると逆に仮名子さん側にまずい事情でもあるんじゃないかと疑ってしまう。

あ、そうなったらそうなったでまた複雑になる。
私にもあって仮名子さんにもあるんじゃ。
『秘密の共有』は確か親密度を上げる方法の常套手段。


「別に女同士減るもんじゃなし…じゃ、やっぱり今脱ぐから洗っといて。」

急速に離れる必要も無いし、最悪でも現状維持でいいのかも知れない。
とりあえずどういう場合にせよ服は脱ぐことになりそうなので
服に手をかけたところで、

「…わ、わかりました。行きましょう、萌迦さん。」


まあ、色々と妥協案とかも考えてみたが回りまわって最初の風呂場ルートになったようだ。
とりあえずはいいか。

そうと決まった時、『これ』見た時の仮名子さんがどんな表情するかを見てみたくなった。
"紅い私"が、だ。
リストカット画像をネットに晒す人がたまにいるが多分それと同じ類のものだろう。
出来ればそんな輩とは未来永劫分かりあいたくはないものだが。


あれ、

なんでさっき私は、

『現状維持』と少しでも

望んだりしたのだろう。


私らしくもない。

-

「仮名子さーん、いったいいつまで恥ずかしがってるの?」
「そ、そんな事いわれましても…」

仮名子さんは湯船の中で待機で、私が先にシャワーで洗髪させてもらった。
ちなみにどっちともバスタオル装着。
やはり向こうも物思うところあり、か。
お互いが何か抱えてるとしたら、打つ手は早いに限る。
うまく行けば黙殺まで押しきれる。
とりあえずどこでどう切り出すか、だ。

温水の感触でふらつきかけていた意識が少しずつ芯を取り戻してくる。
だが、肝心の頭に酸素が戻ってこない。
色々と考え込んでたせいかわずかに判断力が劣っていた。


「あっ…」

バスタオルがほどけて床に落ちた。
湿気を含んでるってことぐらい予想出来たはずなのに。
どうしてその前に動けなかったのか。
傷痕はまだ出してないがこれは少しどうしようかと悩んだ。


っと、気付いたが仮名子さんの視線が妙だ。
さっきまでこちらに目を合わせなかったのに今は妙に視線を感じる。

「ん?どうしたの?」

「あ、す、すいません…」

そういえばふと思ったが確か仮名子さんは胸が小さい部類に入るはず。
まあつまりはそういうことなのか。


「いや、別にそんな。…もしかして仮名子さん、胸に劣等感持ってる?」

バッと視線逸らした仮名子さん見てたら面白くなってちょっと追い詰めてみたくなった。胸とかどうだっていい気もするがやはり色々と気になるらしい。

予想通りに慌てふためくのを見るのは視ていて楽しい。
人を驚かせるのは楽しい。

「ふぇっ?!あ、いや、そ、そうじゃなくて…そ、そう!その…胸のところの“線”のようなのは一体…」

顔が一瞬歪んだ。
仮名子さんに驚かされるとは思わなかった。
いや、自分のせいか。
まさか"見え"てた?どこかで油断してたのか?

とりあえず冷静に。
過程は吹き飛んだが行きつくところには着いたんだ。
ここから話を進めていかなければ。

「…昔、抜刀術の達人と本気で殺りあった事があってさ」

これから話すことに嘘を混ぜるつもりは無かった。
起こった事実の全てを受け取ってほしかった。

「え…」

言葉を受け止めきれてない顔。
真実味の無い話だってことぐらい分かってる。
でも、伝えなきゃならない。

「本当の勝負、って奴で。こっちも避けたつもりだったんだけど、予想外に動きが速くて…」

右手に真っ直ぐ刻まれている傷も浮かべて真っ直ぐに繋がるようにくっつけた。
この二箇所で一つの傷なんだ、と。

「で、でも…女の子の身体なのに…」

「本物の戦闘にそんなのは関係ない。…大丈夫。傷の分はきっちりやり返しといたから」

「そんな…そういう問題じゃないんじゃ……」

一言一言を話すたびになぜか心が痛くなる。
目の前の相手が悲しんでるからなのか、
日常に生きる人にこういうことを話しているからか。

このまま火炎放射器の時の火傷痕から何から全てを見せて全てを話してしまおうか。
そうすれば多分楽にはなれるだろう。
だけど、"仮名子さん"にこれは重すぎる。
抱え込めばたぶん潰れてしまうだろう。

「…曲がりなりにも格闘家だし、この程度の傷なら体中にいくらでもあるからもう慣れてる。
  怪我なんかして当然だから。それを恐れてちゃ戦闘なんて何一つ出来やしない。」

なんか、自分に言い聞かせている気がしてきた。
私はどれだけ妙な生き方をしてきたんだろう。
あまりにおかしくて変わった生き方。


「で、でも…そんな…痛かったですよね?血だって、いっぱい出ましたよね?!」
仮名子さんの声に涙が混じってくる。

もう痛みなんて無いはずなのに。
仮名子さんの言葉が入ってくるたびに何故か傷痕がまた痛くなってくる。

「う、うん、刀で斬られたんだから痛かったし血だって沢山流れたけど、
 もう痕しか残ってないし痛みとかが残ってることもないから…泣き止んでよ、ね?仮名子さん。」
どうしよう。
泣かれるなんて思わなかった。
そもそも何故泣いてるんだろう、仮名子さんは。
『他人のために泣ける』という行動自体が私にとっては不思議なことであり、
ありえないことだったから。


「ひゃぅ…っ…」

私は仮名子さんの体を抱きしめていた。
よく分からないけど"想ってくれてる"のだけは分かった。
それと同時に今まで考えてたことがどうでもいいことのように思えてきた。

「でも…ありがとう…」

私は"心"や"言葉"を信用することが出来ない。
こうすることでしか近づけない。



だけどこの言葉だけは。