「ん、じゃあすぐ行く。 うん?いや別に、今から行く」

その後、最低限の情報だけ聞いて電話を切った。

なんていいタイミングだったんだろう。
ぐらついてた時だったからちょうどいい。

「どうしたんです?」
「ん?さっきの電話?」




『Only Doubles』 Last


あの事件以降、来るような人はいなくなっていた。

本来なら焦ったり涙したりするべきなんだろうが
性格だとか泣いてどうなるとか色々あるのでそれを望むのは無理だ。
どうせ今は頭冷やすべき時だろうし
この問題についてはまだこちらからは何も言わないことにする。


今考えればなんでああまで言ったんだろう。

これ以降、二度と会わないっていうんならもっと強く言えたんだけど。
押し留めるなら押し留めるでそれも出来たはずだけど。
結局のところ中途半端な言い方にしすぎたか。
一つ屋根の下で程々な関係でいよう、ってのは難しいものだ。

今まで一つ屋根の下っていうと全部敵同士だったから。
そのほうが気楽ではあった。疲れはするけど原因も解決策も単純だったし。武力的に強くなればいいだけ。
正直、こういう微妙な関係っていうのは苦手だ。


そもそもなんでこうなったんだっけ。
ユーザーに関して、じゃないし。もうちょっと他所の事だった。
存在に意味、も違うな。彼女自身の考えに口は出してない。

なんだっけ、この先の言葉にものすごく腹立った気がする。
何かを失くすのが怖いって言ってたはずだ。


頭の中に言葉が浮かび上がってきた。
ああ、やっぱりこれか。

「幸せ」だの「出会い」だの
ああ憎たらしい。
そしてそれを素直に感じ取れること。
それすらも。


っと。
感情が先走りしすぎた。
ほっといたら敵意に変わりかねない。
いや充分もうすでに敵意になってるのかも知れないけど。
我ながら不安定だ。


まあ、彼女が妬ましかったんだろう。
「人とうまくやっている」
それだけで理由は充分。

私に近しかったからこそ、余計に。



そうか、自慢された感じだったんだな。
人間関係が円滑ってことはそれだけ人に触れられるってこと。
私はそういうのが苦手だし億劫だし。
だから、それを幸せだと言い切った彼女が妬ましかったんだろう。
本来ならそんな感情、腹の中に収めればいい話だったんだ。
それが出てきたせいでここまでなってきてしまった。
というか向こうは何も悪くないし。自爆が飛び火しただけで。


しかし、『強いとは言えない』か。
なるほど確かにその通りだった。
ここに来てずいぶんと鈍くなってしまったのだと気付いた。

少し勘を取り戻しに行こう。
簡単に揺らいだりすることが無かったあの日みたいに。

--

さっきの電話の内容。
それは久々の「仕事」への呼び出し。
さして大きなヤマではないが気分を変えるにはこれぐらいでちょうどいい。

これぐらいの仕事であればわざわざ私が出なくても
もう少し下の人で事足りそうなぐらいのものだが。
ブランクを考慮したのかそれともただ単に人手が足らないだけか。
もっと純粋に「私が暇してる」と踏んでこちらに回したか。

まあ、どうでもいいや。やってから考えよう。

--

私は人に好かれてる人間が好きになれない。
そういう人にとってはこちらがどんなに好意を見せたとしても
所詮は1/多数に過ぎないのだから。
デスクトップに立ってる時だってどんなにユーザーの手が動いてても
"どうせ他で女囲ってるんだろ?"とか思うさ。
そういうものだから仕方ないのは分かってるけど。

--


「三日ほどいなくなる」
「は!?」

電話の内容を要約して伝えたら即座に反応が返ってきた。
はしょりすぎたか。まあいいや。

「とりあえずそんだけ伝えといて」

何を持つでもなく窓を開いて外へ出ようとした。
特別に必要なものっていうのは無いから荷物はいらない。

「ちょ、仮名子さんはどうするんですか?」

やっぱり出てくるかなあ、その名前。
さて、どうしようか。

「あんたがフォローなり何なりしてやればいい」
「何をです?」

ん、どう言えばいいんだろう。

「あんたは"あっち側"でしょう?」
「いや、だから何がです?」

そういえば主語と過程がすっ飛んでることに気付いた。

「だから、仮名子さんにはあんたから何か言ってみるといい、ってこと」
「意味は分かりましたがどこまで言うべきです?」
「それは任す」
Moは常識的である。
だから、おそらく心情は向こうに傾いてるはずだ。
この関係をどうこう(修復か改善か)したいのならば
多分当人、つまり私がいない時に片側(仮名子さん側)に何らかの行動を起こすだろう。
わざわざ言わなくてもMoならやってただろうがこれで完璧に動くだろう。
何をどこまで言うかまでは分からないがどうあれこちらにデメリットは無い。

--

ほんの三日間。
ただ一度、最悪のこの状態で(一人の仕込みはしたが)今しばらく離れる。
それで何らかの答えが出ると踏んでいる。現状維持か破壊か他か。


ここから先は勝手な言い草だが。

一度どん底まで叩き落してそこからどう立ち上がるかを見てみる。
願わくば「どこかへ行け」と思ってる。
転んだ人間が誰かの手によって立ち上がったのを見て、
そうやってようやく見切りをつけることが出来る。
何度も何度もそれを繰り返して、いつしかそれを見なくちゃ安定が出来なくなった。
そしてそれがいつもの私のやり方。

その一連が、私に個人に"深入り"をさせないでくれる行動。



「で、ユーザーさんからの呼び出しはどうするんです?」
「ここ一週間呼ばれたことある?」

勝手な言い草をごちゃごちゃと考えてたらMoに現実に戻された。
脊髄反射で応対したがどうだっただろうか。

自分が早々呼ばれるものでもない自覚ぐらいある。
呼ぶのはよほどの暇持て余してるのかマゾなんだろうなぐらい。

で、呼び出されてもせいぜいネットワーク更新ぐらい。
さして支障は無いだろう。更新ならMoだけでもやれるし。
そういうものだから仕方ないのは分かってる。
さっきと同じこと言ってるか。


そしてその一連を私自身が初めて見たくないって思った。
多分、もう"深入り"に半分入ってるんだと思う。感情が入ってきてると言うんだろうか。
だからこそここで切らなきゃならない。
いつか分からない、でもこれ以上不安定なままでいれば必ず私はあの子をこれ以上に傷つける。

「幸せ」や「出会い」を奪う権利なんて誰にも無い。
それを行使するのは本当に"敵"と認識した相手にだけ。
もう誰にも傷なんて背負わせたくない。
でもこの吊り橋みたいな均衡を壊してみたい。
でもあそこに居続ける以上、それをやることは出来ない。
でもあそこに留まる必要も無い、どこでだって生きることは出来る。


「じゃ、後よろしく」
「あ」

まあいいや、今は。
今は今やれることだけをやる。
未来を動かせるのは未来だけだから。

---------------------------------------------

どんな仕事か、なんてことは深く説明する必要は無いだろう。
ちょっと首切ってこい、と。そんだけ。
国内だから早くに終わる予定だった。
ただちょっと問題としてはついでに私ごと潰そう、って横入りがあったぐらいだ。
まあ銃撃ち慣れてないようなSPばっかでぬるい難易度だったんでちょうどいいんだが。

という訳で本部に報告はしといた。
そこから何がどう動くかは私の知ったところではない。

---------------------------------------------



三日で帰るつもりだったが一週間かかった。
まあ、期限は無かった(なるべく早く、とだけ)ので別にそっちのほうに支障はないのだが。
どうせ戻ってもしばらくやる事もないのでいい時間潰しにはなった。


で、今の私の服は戦闘直後そのままのものだ。
向こうに戻るのも面倒だったしいつもの服もこっちにあるしでとんぼ返りで戻ってきた。
もう一つ言っておくがほとんどは返り血である。

さっさと着替えて切り替えようかと思って脱ごうと手をかけた。
袖に手をかけたところではたと思い出した。
そういえばまた二の腕に傷痕出来たな、と。軽いものだが。
全く、忌々しい。
確かに言われた通り弱くなってたようだ。

怪我したことはどうでもいいが、ある意味「縛り」みたいな位置付けではある。
出来るだけ傷を負わないほうが自分内評価は高い、っていう感じで。
別に実利もないが達成出来ると充実感。そんぐらい。

--

呆然と思い返していたら後ろから声がした。


「め、萌迦!?」


一人の存在はまあいい。
ある程度の予測はしてた。
ただ、なんでもう一人いるんだろう。
来るはず無いと踏んでいたのに。

「…ふうぅ。」

息が漏れたような声で気を失った人がいた。
瞬間的に悩んだが、まあ頭打ちそうにないしいいか。



--

「で、どうなったんです?」

とりあえず倒れたのは寝かしとくとして着替えた。
服が血だらけなのは見慣れてることなのでMoは何も言わない。
紅目に関したことは言ってないが。

「色々と」
深く説明する必要も無いだろう。いつも通りに。

「で、そっちは?変わったこととか」
「そりゃ大騒ぎでしたよ」


まあさして重要でないインフォメーションが連なって耳に入ってくる。
誰がどうした、何がどうなった。うん、さして興味湧かない。

「『必ず帰ってくるだろう』ってみんな言ってましたよ」
「ふーん」

それは良くない風潮だ。
空気扱いぐらいでちょうどいいのに。

「で?仮名子さんとこにも行ってたんでしょ?」
「ええ、まあ。・・・え、何故?」

何故?がどれにかかるんだろう。
『何故その話が出てくる?』『何故分かる/知ってる?』
前者はなんとなく見てたら思いついた。
後者は私自身が焚き付けたのもあるし何より「匂い」が感じ取れた。
フェロモンとか言うべきなのかそういう空気が混ざっていた。

「いや、別にいいけど」
「あ、じゃあ一つ」

なんだか重要な情報なようだ。
普段流れるはずの"(互いの間にある)会話の流水"を遮るような言い方だったから。

「しばらく話をしてみましたが、
 仮名子さんは『寄りかかれる壁』みたいなのが欲しいんだと思いますよ」

寄りかかれる壁、か。
そういえばあの時も「何も無い」とか言ってた。

「萌迦がちょうどいいんじゃないんですか?
 なんていうか、バランスが」
「ん?」

なんでここで私の名前が出るのか。
って言うかバランス?

「仮名子さんには似たような感じで説明してみましたが。
 ・・・独断でしたがまずかったですか?」
「いや、別に。なんでもいいって言ったのはこっちだし」

んーと、つまり。
Moの情報を吟味するなら仮名子さんにも私について同じぐらいの情報を伝えた、と。
どういう風に説明したかは分からないが。
まあ、それはだいたい想像つく。
キーワードを『壁』として、今までの振る舞いから出そうな言葉を検索。

ん。おおかた『壁に囲まれて閉じこもってる』ぐらいは言ったか。


「まあ、後はお任せしますよ。結論がどうであれ」
「分かった」
「怖いのはおそらくどっちもですよ」

最後の一言は励ましのつもりかヒントのつもりか。
これは聞くべきではないな。

で、ここから先は自身でやるべき問題か。
まあ、Moの話を聞くに落ち着いたようだしいずれ解決すべきだとも思ってた。
今がその時期だ。

「ああ、あと」
Moには一つだけ言っとこう。

「また迷惑かけたね」
「いや、それは別に構いませんが」



さて、向こうがどう言うかは分からないが、今日でケリをつける。
まあ、もう少し事をうまく運べてればこんなにこじれはしなかったんだろうが。
物事ってのは遠回りして初めて全容が掴めるものだ。
そして私は"全容"が掴めてないと不安でしょうがない。
一部しか見えてないものへむざむざ飛び込む無鉄砲は持ち合わせてない。
そんなものは戦闘の時だけでいい。

「という訳でしばらく出といて」
「いや、あの、耳掴まなくてもそのつもりでいm」


投げ捨てた。

--

さて。

まず謝ろう。
仮名子さんに一切の非なんて無いんだから。
こっちが勝手にとち狂っただけで。

「………んん……ぅ…?」

「………気がついた?」
硬かったな、まだちょっと。

「ごごご、ごめんなさいっ!!」
「…別に、いい。」

急速に話来るなと思ったけどよく考えたらそこまで頭回らないか。

「いえ、そうじゃなくて…いや、もちろん布団の事もなんですけど…
 勝手にお部屋に入ったりして………でもなくてえっと…ですね…そのぅ……」

ああ、言葉出てこないんだろうなあ。
さらさら出てきたら出てきたで逆に警戒対象だけど。

「…落ち着いて、仮名子さん。」

私だって内心どう言おうか考えてたが。
仮名子さんが焦ってるせいで逆に落ち着いてきた。

急ぐ話じゃあない。
むしろ腰据えてやるべきだ。

「萌迦さん!この前は…ごめんなさい。」
「………。」
「わたし…わたし、萌迦さんにわたしみたいな過去も家族もなんにもないのが羨ましい、
 なんて言われてついカッとしちゃって…」
「………………。」
「萌迦さんのお気持ちとかも考えず、つい出すぎた事を言ってしまって…本当に、すみませんでした。」
「………………………。」


確信した。
やはり理解度は同じ深さになっている。
と、なれば話をするのは比較的やりやすい。
それでも慎重にやるべきは変わらないが。

どう反応しようか悩んでたら、

「…わたしの事、嫌いならもう来ませんから。失礼しました。」
「ちょっと待って、こっちの話も聞いて」

一気にまくしたてられてこっちの言い分がない。
離れたいって結論ならそれでもいいが一方的な三行半突きつけみたいでそれはそれで癪。
「別に…嫌いになんかなってない」

ああもう、口火が切れてしまった。
まだ練りこめてないのに。

もういいや、深く考えるのはやめる。
今ここで計算した受け答えしたってまた私が歪んでくだけだ。
考えないで言おう。


「ただちょっと…あんたが羨ましかった」
計算式は排除した。
多分、ここからが本当の私らしさ。

「それって…わたしの過去とか生い立ちがないことが…ですか?」
最初はそうだと思ってたけど、今は違う。そこじゃなかった。

「あんたが…“無くすのが怖い”って言ってた幸せを持ってることが」
「え…」

『幸せだ』って言った。
子供じみてるなんて分かってる。でも、分かっててもやっぱり無理。
幸せを追ってる人間は好きだが幸せを得た人間は嫌いだ。


「私は別に失望なんかしてなかった。
 もし、したとしたらそれは仮名子さんが私の思い通りに動かなくなったことに。
 それだけ」

希望を欲している人間を動かすのはたやすい。
そして何よりそれをやるのが楽しい。
だからこそそういう人が好きなのかも知れない。立ってる位置が弱い人。

「そんな…わたし…」
「だからってあんたに不幸になれとは言わないし、言えない。
 そんなもの私のエゴでしかない。だからあの時…もう此処には来るな、って言った」
一番失敗だったのは、タイミングが悪かったこと。
嫉妬の感情もあったんだろう。
だから、跳ね除けた。また勝手に独りよがりな解釈して。


「どうしても…萌迦さんのお傍に居てはいけませんか?」
なんでここまで食い下がってくるんだろう。
メリットなんてものは無いはずなんだ。

「…私と居てもあんたが不幸になるだけだし、また何かの形で利用するだけになる。
 今度は何をやるか分からない。
 それこそ死んだ方がマシだ、ってぐらいの事を」

これは流石にオーバーな表現だ。
戦場ならともかく、日常生活でそこまでの事は起きないだろう。
でもこれぐらい言っといたほうがいいか。
あらゆる想定はしとくに越した事はない。

「見たでしょ?さっきの血を。
 私が見てる“世界”はね、あんたや…普通に生きてる人には到底想像もつかないようなもの。
 『戦争』だの『殺人』だのそんなのテレビや本の中だけの話でしょう」

生や死なんて一生に二桁ぐらい「実感」すればそれは"良い人生だった"と言える。
それぐらい、普通の人生を送ってる人にとって「生」や「死」の実感なんて縁遠い。
だから「仮想」の中、テレビや本でそれを実感する。

「私たちの世界ってのはまさしくそのテレビや本の中だけの世界みたいなもの。
 でも、テレビほどうまく事は運びやしないし
 それこそさっき仮名子さんが卒倒した時のより酷い光景だって出てくる」
 
拷問だの裏切りだの・・・、と言いかけてやめた。
これはちょっと刺激が強い。
もう少し慣れてきたらにしよう。


よくここまで話を聞くなと思う。
普通はこんな妙な話はどこかでついていかなくなるはずだ。
逃げるに逃げられないだけなのかも知れないけど。


「私はね、“全ては敵だ”と思ってる。
 だから私はあんた達に近づかないし、あんた達も私には近づかない方がいい。
 あんたや、皆に確実に迷惑がかかる」 

「いや、もうかかってるけどさ」

さっきは冷静だった振りして解析してみたが
もう少し経ってみると今度は自分の馬鹿さ加減に笑うしかない。



「かまいません!」

いきなりの声に心拍数が跳ね上がった気分だった。
急に手を掴まれたので思わず関節捻るとこだった。

「…私は人の為に何かが出来るような人間じゃないし、  あんたを含めて誰だって信用することはない。それでも構わない、と?」
「わたし…萌迦さんに何かをして欲しい訳でも、信じて貰いたい訳でもありません!!」
「じゃあ何を…」
「でもせめて…萌迦さんの事を信じさせて欲しいんです!!」

心臓がまた一つ鼓動した。
それに乗るように様々な思考が流れてくる。

こんな人間がいるか。
「信じる」ことを一方通行で行えるような人間が。
いや、それは信仰者ってのがあるか。宗教系列の。

だが私はそれを与えられるほどの「神」じゃあない。
私といることでそんなメリットがあるとは思えない。
それはさっきも言ったはずだ。
何を求めている?何を欲しがっている?


「…仮名子さん」

素面に戻って視線を送ったら仮名子さんは泣いてた。
私にどうしろって言うんだ。
こっちだって不安定になってきてるけど泣いたってどうしようもならないし。


--

とりあえず座ってもらった。

まあ、とりあえず欲しがっているものは与えるべきだろう。
そしてそれは『壁』とか『支え』だ。Mo曰く。
私が今持っていて仮名子さんが持っていないもので、
この場で与えられるものっていうとなんだ?

「力」は無理だ。時間がかかる。
だとしたら・・・過去、すなわち「記憶」か。
その中で一番ふさわしいものはどれだ?

「思うんだけどさ…“家族”ってのはどうかな」
「え?」
「家族の思い出、というかそういう感覚みたいなもの。幸せ、っていうかも知れないけど。
 そういうのを持ってみればそれを支えにする事も出来るんじゃないかな」

私がやれるのはそれぐらいだ。
この理屈が当てはまるかは分からない。

「家族の…幸せ。」
「…家族の幸せなら妬まないで済む。それを妬む人なんて滅多にいないから」

まあ、妬む人はいるだろう。
年が近い兄弟とか。まあそれは今はいいや。

「わたしには、そんな信じられる家族もありませんから…妬ましいかはともかくとして、
 羨ましいって思います」

「無いんなら分けるさ。どんな感じか、ってぐらいのを想像出来るぐらいは」


興味深げに頷いた仮名子さんに、記憶にある分だけ思い出の話をしてみた。
もちろん実家の分だけである。
養家先のはあまりにイレギュラーすぎるし、いい思い出もさして無い。


話しながら思ったが無邪気でいられた私はもういないんだろう。
笑える時に笑えて泣ける時には泣いてたあの時みたいな。
まあ、もういいか。



私が話した"思い出"にはかなりの嘘があるだろう。
なにせ10年は経っている。
都合の良いところだけでっちあげて作られたものかも知れない。
そして、その真偽を確かめられる者はもう誰もいない。


--

一通りの話は終わった。
これで概念だけでも伝わっているはずだ。
良かったり悪かったり、その辺は余すとこなく伝えた。


ああそうだ、後一つ伝えておこう。

「…家族がいない、って言うけど、この家であんたたち殆ど家族みたいなものじゃない」

他のにくじゃが達のことだ。
さして口利いてないから実際お互いの関係は分からないけど。

「…だったら萌迦さんもその一人なんじゃないですか?」
「いや、わたしは…そういうのは苦手だから」

構成する人数が多すぎるし、お互い知らなさ過ぎる。
私がそういう事を出来るとするならばせいぜい一人か二人程度だろう。
出来るかどうかも分からないが。

「ケンカした時に…萌迦さんがいってた通り、家族もわたしたちもいつかは…そうなるのかもしれません。」
ん?ああ、別れるってことか。

「でも、家族が“いた”、という記憶は…決して嘘になるわけでもなければ、
 無くなるものでもないと思うんです。」

「…仮名子さん。」

「…最初から家族のいないわたしが言うのもヘンですけどもね。」

「少し借りる」

今日はもう疲れた。
よく考えたら何日寝てないんだろう。
身体も使ったし頭も使ったし精神的にも疲れた。

「………はい」


そういえばまだ謝ってもいなかったっけな。
もう少し話す必要がありそうだ。
今はまだいい。
時間はまだもう少しありそうだから。

--


あの時なんで泣いたのかは覚えてない。
珍しく家族の話なんかしたもんだから感傷的にでもなったのか、
それとも何か別の理由があったのか。

しばらくしていつの間にやら"姉"と呼ばれるようになっていた。
まあ、特別こちらから何が変えなきゃならないわけでもないのでそれは別に構わない。
合わせるようにこちらも呼び方は変えたけど。


"同じ家族を持つもの"って感じだろうか。感覚としては。

「信用しなくていい」と言われたから今でも心底で信用してる訳ではない。
でも、仮名子の"無力さ"は私自身がよく分かっている。
だからこそこっちも手をかける必要は今のところ無い。利が一つも無いからだ。

もしもその必要が出てくるとしたらそれは"誰かの手を借りること"だろう。
そうなったらおそらく私は"あの時"以上のショックを感じると思う。
その時は何を引き起こすか分からない。
少なくとも良い事が起こりそうにはない。



だから私はこれまで以上に私とあの子の間隔を見張らなきゃならなくなるだろう。
決して陥らないように、嵌まり込まないように。
この日は長く続かないのだと思っておくべきだ。
いずれ壊れる日が来る。


いや、



きっと私が壊す。



なに。
そうなった時はちゃんと"良い事"は起こるようにしといてあげるから。
私の存在を忘れるぐらいのことを。



\e